内部体験外記 フォーカス  吉村順三「軽井沢の山荘1962(54)」
  形象が示す主題 意識が樹間を浮遊する

                         吉村順三  1908-1997(89)
                                 


吉村順三作品集―1941-1978 (1979年) 新建築社 (1979/03) 寸法: 30.1 x 29.5 x 3.6 cm ※1より


 「軽井沢の山荘」の居間から外を見る」 写真を見ている。
開口が横に長い、おまけに L字型だ。外の木々が直ぐ近くに見える。
太い一本の単純な手摺り。むッ、バルコニーの奥行きがない、不思議な感じ。

 身体が外に出ないゆえに、意識が外部へと浮遊してゆく感覚がある。これは何処からくるのか。

開口部が南に向かって、部屋幅いっぱいに取り付けられており、これは切り取りではなく幅いっぱいに外気に意識が持っていかれそうなパノラマ感覚がある。L字型に曲がっているのも、正面の大開口のパノラマのような広がりが、外気との直接な引き込まれ感を作っていると思う。
それは部屋いっぱいの開口幅とともに、掃出し窓になっていることにもある。
吉村が言っている 『2階に上がってくると、誰でもたいていすぐにその窓前に近寄って行く・・・・そこから見ると、空中に浮かんでいるように感じられるだろう』※3 空中にある浮遊感を体感させる設定なのだ。ここでは身体が外部に出ているわけではない。だから余計に意識」が外部へと浮遊してゆく感じがあるのだ。本当はバルコニー状のものが無い方が、もっとこの高所感・浮遊感は倍増しただろう。しかしそれでは住まいのセオリーから飛び出してしまう。手摺りをつけるだけではまだセオリーから外れている。そこで掃出しといえばバルコニーだから、それを付けよう。ただそれを付けてしまうと、内部にいながらの高所感・浮遊感が薄れてしまう。しかしセオリーは守らないと仮設のようになってしまう。そこで思いついたのが、バルコニーは付けるが外に出るほどの幅のない、高所感・浮遊感が味わえるギリギリにしようと。そこでできたのが、この中途半端に500幅しかないバルコニーとなったのでした。

この丸太の無骨な手摺りも、ここにドーンと大きなバルコニーでもかまえている風ではないでしょうか。この感覚が外への導きになっていると思う。もう少し錯覚すれば、この丸太の手摺りの存在感が、あたかもこの居間そのものがバルコニーのように思われてくるのだ。居間にいながら、バルコニーで外を見ているかのような感覚。
『全部戸袋に引き込めるから、戸外にいるような気がするだろう』※2

けれどちゃんとした大きさのバルコニーを付けてしまうと(吉村の他の別荘の設計にありますが)体を外に出してしまうと、身体が外部にあることで、押し寄せてくる外気を受け止めることに囚われる身体は、守りの意識になってしまうのでした。意識がどこにでも行ける自在な浮遊感がなくなってしまうということが、ここで判るはずです。照りつける太陽、吹き付ける風、床はザラザラで土っぽいものです。これらの環境圧を受け止めて、なおかつ自在に浮遊する意識になるのは、大変難しいことです。だからこそ、身体は室内にあって、外である感覚を得られる掃出し窓には、奥行きの無いバルコニーが必要だったのでした。

居間の幅いっぱいのパノラマ開口、掃出し窓が可能な奥行きの無いバルコニー、ただ1本の素っ気ない手摺り丸太、これらが「鳥になったように樹木の間を浮遊する意識」を可能にしたのでした。そして今なお南側に厚く残る林が、解りやすく教えてくれたと言うことでしょうか。(軽井沢で奇跡的といっていいほど、ここでは前面に別荘が建たなかった。) 
しっかり読み込めば、これが「軽井沢の山荘」の決めの形象です。

『この樹の上で、鳥になったような暮らしのできる家をつくろうと思いついた』※3

                                              mirutake 2o121o11

 今回の視点に自分でも驚いている。
身体が居間の内部にある時には、部屋に屋根に身体が守られており、安心して安定感の中で意識を樹間に浮遊させ遊ぶことができるのだと。それに対し、屋根のないバルコニーに身体が出た状態は、環境圧とでも言うべき太陽・風・土っぽさ、等々に意識が向かってしまい、安定した空想に遊ぶことが出来ないのではないかというものだった。この日本の住宅建築の原体験=軒下体験とでも言うべきものは、自宅マンションでのバルコニーでも体験可能だ。
 私はこのところ「土っぽさ」と言う体験を手がかりに幾つかの住宅建築作品を解読してこれた。軽井沢の山荘でも、敷居に腰掛けてバルコニーに足を投げ出し、樹間に浮遊する意識を想像していた。この山荘の中途半端とも言えるバルコニーは、あまりに不思議なものであった。うまく解説できただろうか。こんなにも細かく、場の設定という建築部品のあり方の微細を捕らえられないと、多くのものを失念してしまうことになる。このことに気付かせてくれた。


   注;寸法は全ておおよそのもので、正確ではないですが、理解の手がかりに必要なので使っています。
各書籍の図版(jpg)をCADに挿入し、大寸法に画像をピッタリ嵌めて込んで、画像の線にCADで寸法を書き込んでいます。ですからミリの端数がでるのですが、そのまま調整せずに表しています。

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 もう少しあるので、解読して行きます。
下の写真はレーモンド時代の吉村j順三担当の、軽井沢にあった「小寺別邸」です。
左の内部写真を見ると、屋根型の構造材表し天井に和室が二部屋、欄間は開け放たれ、建具のみで仕切られた。建具を解放すると、ダイナミックな一室空間となります。居間兼食堂から見た写真ですね。(ここでは和室も外に面して解放建具となっており、濡れ縁を廻していることでよく解ります。)この居間兼食堂+和室という一室空間スタイルの別荘は、現在もよく見かけるものだと思います。これを吉村もやっていたと言うことを押さえておきましょう。
 ところが「軽井沢の山荘」では居間と個室の構成になっており、居間と和室の組み合わせではありませんね。このことが空間の主点の拡散を免れ、居間からのみ外に向かう集中した視線を想定できたと言うことでした。ここにも「和風」を捨てて行く建築家の思考を見ることが出来ると思うのです。

右の外観写真からは、平屋で切妻、屋根にはレーモンド「夏の家」に見る松の枝とおぼしきものが積み重ねられており、当時のレーモンド事務所のスタイルと言うことでしょう。

1933小寺別邸 吉村担当

1933小寺別邸 平面図
「 A・レーモンドの住宅物語」 (建築ライブラリー) 三沢 浩、 建築思潮研究所 (1999/9) ※2より

この平面図を見ていて幾つかのことに気付きます。
食卓を挟んで丸柱が立てられています。909グリットを外して建てられています。壁位置とは違う軸線を設定して、棟ラインに丸柱列が設定されています。大胆ですよね。
これは一般的なことですが、間仕切り壁は909のグリットにのって計画されていますね。
また濡れ縁が和室や居間廻りにしつこいくらいに廻っています。レーモンド「夏の家」(1933)を思い出します。

下のプランは「軽井沢の山荘」平面図2階です。
これを見ていて気付くのは間仕切り壁が909グリットに乗らず、縮められる方向で部屋の大きさが切り詰められています。
寝室は4.4畳です。個室は2.6畳です。
また出入り口扉が幅600しかありません。極限に切り詰めた寸法を目指してつくられていることが解るはずです。


「軽井沢の山荘」 平面図  ※3「小さな森の家―軽井沢山荘物語」 吉村 順三、 さとう つねお (1996/4) より

それに対して居間食堂には14.2畳を割り振っています。
この一番広い居間から部屋幅一杯を超えて L字型にパノラマ開口が設えられていますね。
それが引き込み戸になっていて、全て戸袋に仕舞い込まれます。開放感いっぱいです。
吉村が言っています。『全部戸袋に引き込めるから、室内にいながら戸外にいるような気がするだろう』※3と。
またこの平面図から敷居枠の大きさや130+200、バルコニーの幅が手摺り込みで500になっていることが解ります。


これは吉村の矩形スケッチです。
居間の一番低い天井が2121となっています。3階の低いところは1290で、ここが屋根裏部屋で、製図室です。こんな狭い部屋も『鳥になったような暮らしのできる家』※3に懸かっているのでしょうか。限界極小寸法に挑戦していることは確かに思われます。
※3より
もっとすごいのは階段を登るとき頭をぶつける高さになっています。設計の限界寸法は1800は無いとだめと言われています。それを遙かに小さい設定です。おまけに頭よけのために斜めに切りかかれており、そのため寝室への入り口が250上がらなければならないことになっています。茶室のような限界寸法と言うことなのでしょうか。


次の断面矩計は実施設計図面の清書版(出版のためのインキング)と思われます。
居間の最低天井高2121はほぼ合っていますが、屋根裏部屋は1477(1291)に増えていますね。故に屋根の勾配が変わっています。

※3より
居間からの大開口はh1900w4700位、曲がってw1800位になります。
居間最低天井高さは2140となっています。


次の居間の写真では天井の一番低いところの検証を行いました。
建具の内法寸法が1900と仮定すると、最低天井高さは2276とでました。設計高さ2140からは136高いことになっています。梁の組み方で大工が上げたのか、外部の鴨居枠の水切り鉄板の収まりで上げたのでしょうか。いずれにせよ現場でこうなったと言うことですね。
※1より








                                                photo by mirutake 2011.10


          




外壁から飛び出している敷居幅が200くらい、バルコニーが500くらいとして、700の持ち出しではないかと思います。
木造ではそんなに持ち出したくないので、出幅の少ないバルコニーとなったのでしょうか。いややっぱり『室内にいながら、戸外にいるような気がするだろう』※3と言う吉村の言葉は、居間にとりついた丸太手摺りが、居間がバルコニーだよと言っているような気がしてしょうがないのです。





鬱蒼と茂る木々と断面図を合成 

居間から林を見る人の立ち位置によって変わる意識が想像できるでしょうか?
座る人は室内にあって、安定した意識が自在に樹間を浮遊する、
狭いバルコニーに立ってしまった人の高所感はすごい感じがします。
高所感や環境圧に耐えていることが想像できそうです。そして林の中にいる圧倒的な臨場感はすごいでしょうね。
(手摺りがh750と言う低さです。時代を感じますね。現在はh1100でないと法的に許されませんが、個人住宅に規制しすぎですよね。)



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吉村順三作品集 1978ー1991 吉村順三 単行本 新建築社 (1991/01) より

作品集の下巻を見ていると、住宅関係最後に「軽井沢の家G1990」として紹介されている。
何故かこれらの図面だけで、写真は一枚もない。この作品集では異例の掲載仕方となっている。

構成はほぼ同じで、左右反転プランになっていますね。
屋上露台が無いだけで吉村「軽井沢の山荘」を一回り大きくしたという感じだ。
平面図から見て行くと、最大間口7272が8181で909大きくなっている。居間14.2が17.9帖に、主寝室4.4が8.8帖。
居間14.2から17.9帖に。
居間とバルコニーの関係、引き込み戸の使用は変わらない。バルコニーの奥行きは逆に500から400に100小さくなっている。このことの意味は書くまでもないでしょうか。居間から出ないで樹木をみる、浮遊意識の確実化=前進でしょうか。
また食堂が南側に居間と一体になって、居間との広がり感が大きくなっている。しかしこれは食堂の開口部が居間と左右対象につくられている遊びのおもしろさがあるのでしょうが、樹木に向かって行く意識にとっては拡散として働くでしょう。「軽井沢の山荘」の集中する意識に向かう開口の開け方からは後退に思われます。

高さ関係に行きます。
もういちいち上げませんが、一般の人が許容できるところまで大きく譲歩したという感じですね。「軽井沢の山荘」の高さ寸法は、自邸だからできる建築家の強烈な自己意識と言うことを、再度確認することになってますね。

                                   mirutake 2o121o26

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体験外記 軽井沢の山荘1962 設計 吉村順三 けんちく探訪

     book紹介
小さな森の家―軽井沢山荘物語 吉村 順三¥ 2,447 建築資料研究社 (1996/04) ※3
この1冊に「軽井沢の山荘」を凝縮。日本を代表する建築家、吉村順三の珠玉の名作「軽井沢の山荘」。吉村みずからが山荘を案内し、心地よい空間をつくる手法をていねいに解説。吉村順三が最初に描いた山荘の図面原図も初めて収録。30数年経た現代も生き続ける、小さな山荘のすべてがわかる決定版。 (「BOOK」データベースより)


昭和住宅物語―初期モダニズムからポストモダンまで23の住まいと建築家 藤森 照信 新建築社 (1990/04)
藤森建築探偵が、現代住宅の完成をみた「昭和」に焦点を当てて、そこで成された住宅の主要な改革を探偵の目と足で確認し、つぶさに報告し、建築家の果たした役割を明らかにしている。探偵の目は、洋々たる未来を「住宅」に見ているようだ。その証とは―。 (「BOOK」データベースより)

吉村順三のディテール―住宅を矩計で考える吉村 順三 (著), 宮脇 檀 (著) 彰国社 (1979/01) ¥ 3,864

吉村順三作品集―1941-1978 (1979年)吉村 順三 (著) 出版社: 新建築社 中古品の出品:¥ 20,479より


吉村順三作品集 1978ー1991(1991/01)吉村 順三 (著) 出版社: 新建築社¥ 23,447